​研究 -Research-
動物の疾患とエピジェネティクス​

 

 エピジェネティクス(Epigenetics)とは概念的には「遺伝子配列の変化を伴わずに表現型の変化をもたらす現象に関する学問」です。DNAは核の中で一直線に配列して存在しているのはなく、紐状で存在しており、ある部分では凝縮していたり、また別のある部分では紐がほどけた状態で存在したりすることによって、各々の遺伝子発現のOn/Offならびに強弱を決定しています。ゲノム上のDNAの配列は、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4塩基で構成されていますが、このうちCとGの順で並んだ2つの連続した塩基の部分(CpG配列と呼ぶ)のCにメチル基が付加された修飾が「DNAメチル化」です(図1)。メチル化されたCpG配列によって、その近傍を含むDNAの紐の立体構造に変化が起こり、遺伝子発現が妨げられます。

​図1

 このように、DNAメチル化は根本的な遺伝子発現制御に関わることから、正常な細胞だけでなく疾患における影響も大きいです。実際に、ヒトの白血病や大腸がんを始めとした様々な腫瘍において異常なDNAメチル化が知られているだけでなく、炎症性疾患や自己免疫疾患においてもDNAメチル化の異常が報告されております。また興味深いことに、症例の治療反応性や予後などの層別化に有用であったり、DNAメチル化阻害薬がすでに治療薬として認可・使用されたりしています。この他、疾患だけでなく加齢や肥満など生理的変化に付随するDNAメチル化の変化も報告され、さまざまな角度からの新たな知見が得られる注目を浴びているのです。

 しかし獣医領域におけるDNAメチル化の研究はまだまだです。ごく一部の疾患に対して、ヒトにおける先行研究を基にした演繹的手法、例えば遺伝子Aが異常にメチル化されていることがヒトで報告されているものに対し、イヌの相同遺伝子Aに関して局所的(数個~十数個のCpGサイト)なDNAメチル化の変化を見る方法が主にとられています。そもそも獣医領域においては、「イヌネコのどの細胞の、ゲノムのどの部位が、どのくらいのメチル化状態であるか」といった、参照可能な基本的情報の多くを欠いております。

 そこで私たちトランスレーショナルリサーチ推進室・山崎グループはまず、イヌにおける次世代シークエンサーを用いた定量的なゲノムワイドDNAメチル化解析法(Canine DREAM)を樹立しました(1)。Canine DREAMは、次世代シーケンサーを用いることによってイヌのゲノム上に存在するCpGサイトの網羅的なDNAメチル化解析を行う新規解析法であり、100,000箇所以上のCpGサイトのDNAメチル化の定量的な解析(0-100%といったパーセンテージによるDNAメチル化レベルの算出)が可能であることを示しました。

 これを用いた検討によって、イヌの様々な正常組織におけるDNAメチル化パターンのデータベースを構築しました(2)。イヌのリンパ腫自然発症例における特徴的なメチル化(3)とそれを用いた予後判定(現在、知財申請中)や、イヌ悪性黒色腫における特徴的なメチル化(4)を解析しています。この他にもイヌの肝細胞癌を始めとした腫瘍疾患だけでなく、様々な状態、例えば肥満や環境汚染などとのDNAメチル化の関連、ネコやウシなど他動物のDNAメチル化解析を現在進めております。このように様々な疾患における傷害された組織のパターンと比較することで、将来的には病気のメカニズム解明や診断マーカーの開発が見込まれます(図2)。

​図2

(1) Yamazaki et al. Vet J 2016 (2) Yamazaki et al. Sci Rep 2021 (3) Ohta et al. J Vet Med Sci. 2020

(4) Ishizaki et al. Vet Comp Oncol. 2020